アンコールはリビングで
「はい、早瀬です」

『おい早瀬! どうなってるんだ、メインスクエアの柱のラッピングは!』

受話器の向こうから、怒声に近い焦った声が響く。
俺は瞬時に「デベロッパーの早瀬」の顔に戻り、声を低く整えた。

「落ち着いてください。日中の施工確認では、クライアントからも承認をいただいているはずですが」

『昼間はよかったんだよ! 今、照明テストでライトアップしたら、色が全然違うじゃないか! 「シャンパンゴールド」のはずが、光が当たったら「くすんだ黄土色」に見えるって、オーナーが大激怒してるぞ!』

「……なんですって?」

俺は思わず眉間を押さえた。

色のメタメリズム(条件等色)。自然光と人工照明で、色の見え方が変わってしまう現象だ。
確かに、今回のメインスクエアは暖色系のLEDを多用する設計になっている。印刷会社のサンプルチェックが甘かったのか、こちらの指定ミスか。
いずれにせよ、明後日の内覧会には致命的なミスだ。

『とにかくすぐ戻れ! 印刷会社の人間に至急確認させてるから、お前も立ち会って対策を決めろ!』

通話が切れる。
ツー、ツー、という電子音が、頭の中で虚しく響いた。

さっき、現場監督とやり合って、ようやく神経をすり減らして会社に戻ってきたばかりだというのに。

「……クソッ」

吐き捨てた言葉は、誰にも届かずに夜風に消える。

俺は踵を返し、今まさにトラブルの渦中にある現場――ガレリアプラザの方角へと向き直った。

今日の練習は中止だ。
俺は再びネクタイを締め直し、完璧な「早瀬湊」の仮面を被り直して、夜の街を早足で歩き出した。

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