アンコールはリビングで
「……湊? どうしたの、眉間に皺寄せて」

ふいに聞こえた愛おしい声に、俺は当時の冷たい夜風から引き戻された。

視界に入ったのは、トラブルだらけの寒々しい現場ではなく、暖かいリビングの照明と、マグカップを両手で包み込んでいる凪の姿。

「……いや。昔のこと思い出してたら、当時の『肩肘張ってた自分』に胃もたれしただけ」

「あはは! 何それ。……ほら、これ飲んでリラックスしなよ? 特製のホットジンジャーミルク。体温まるよ」

凪がふーふーと息を吹きかけて冷ましながら、マグカップを差し出してくる。
俺はそれを一口啜った。

……甘くて、温かい。
あの夜、自販機で買った、すぐに冷めてしまう缶コーヒーとは大違いだ。

「……ん。生き返る」

「よかった。ドラマ、ここから面白そうなところだね。湊がどんな『怜司』を演じてるのかわくわくする」

そう言って画面に向き直る凪の腰に、俺はそっと腕を回した。

そして引き寄せたその温かい背中に、額を押し付ける。
凪の髪から、いつものシャンプーの香りがふわりと漂い、張り詰めていた神経がほどけていくのを感じた。

「ちょ、ちょっと……湊……?」

凪が驚いて声を上げるが、今の俺にブレーキなんてない。

俺はそのまま彼女の首筋に顔を埋め、深呼吸するようにその匂いを吸い込んだ。

(いつものツンはどこへやら……やたらと甘えてくる…過去の胃もたれとやらのせいかな……)

凪のそんな心の声が聞こえてきそうだが、今はただ、この温もりに溺れていたい。

誰にも隙を見せられなかった、あの頃の俺に教えてやりたい。

お前が必死で張っているその虚勢、数年後にはこの人が全部溶かしてくれるぞ、と。
そう思いながら、俺は慣れた手つきで凪の柔らかな髪を梳き、そのまま愛おしい首筋へと口付け、深い安息を得るのだった。
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