アンコールはリビングで
4. 予感のアンコール

「……ありがとうございます」

絞り出した声は、自分でも驚くほど素直な響きをしていた。

俺は、震える手で缶コーヒーのプルタブを開け、一口飲んだ。甘ったるい液体が、不器用に心の隙間を埋めていく。

「実は……週末だけ、路上で歌ってるんです。全然、無名なんですけど」

「えっ、路上ライブですか!? どこでやってるんですか?」

彼女の目がさらに輝く。その反応が嬉しくて、俺はつい、誰にも言ったことのない予定を口にしていた。

「今週末、この内覧会が終わった日曜の夜に、駅前の広場で合同ライブに出る予定なんです。もし、よかったら……」

「行きます! 絶対行きます!」

彼女は俺の言葉を遮るほどの勢いで即答した。
その笑顔があまりにも屈託なくて、俺は思わず吹き出してしまった。

さっきまで現場で的確な指示を飛ばしていた「鉄の女」が、今はまるでライブキッズのような顔をしている。

「……ふっ、あはは! 水沢さん、仕事中とキャラ違いすぎません?」

「あ……! す、すみません、私、音楽のことになるとつい……忘れてください!」

真っ赤になって慌てる彼女を見て、俺の肩から完全に力が抜けた。
ああ、久しぶりだ。こんなに自然に笑ったのは。

夜明け前の非常階段。

そこにはもう、「武装したエリート」と「有能なディレクター」はいなかった。
ただの、音楽を愛する二人の若者が、缶コーヒー片手に白い息を弾ませていた。

この出会いが、俺の人生を、そして俺の音楽を劇的に変えることになるなんて。
この時の俺はまだ、知る由もなかった。
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