アンコールはリビングで
2. 音の英才教育と、孤独な周波数

私の幼少期を一言で表すなら、「リビングは巨大な視聴覚室」だった。

ほぼ毎日、何かしらの音楽が流れている。
これが私の日常であり、世界の当たり前だった。

物心つく前からそうだったから、私は小学校に上がるまで、よその家でも毎日毎時間、ご飯の時もお風呂上がりも、常にBGMが流れているものだと本気で信じていたのだ。

父は重度のオーディオマニアで、リビングの一角には家具よりも存在感のある巨大な真空管アンプと、私の背丈ほどもあるスピーカーが鎮座していた。

父が仕事から帰ると、そこからは厳かなクラシックや、紫煙が似合うような渋いジャズが流れる。

一方、キッチンに立つ母は根っからのポップス好き。

最新のJ-POPから往年の洋楽ヒットチャートまで、手元のラジカセで軽快に流しながら、料理の音に合わせて鼻歌を歌っていた。

重厚なチェロの低音と、軽快なシンセサイザーの電子音が混ざり合う、カオスで愛おしい空間。
そんな「音の洪水」の中で育ったせいか、私が音楽に興味を持つのは必然だった。

「凪、ピアノ習ってみるか?」

「うん、やる」

言葉を覚えるのと同じくらい自然に、私はピアノを習い始めた。
自分が弾きたいというよりも、この家の「音の会話」に私も参加したかったのかもしれない。

結果的に演奏家への道は選ばなかったけれど、この頃に養われた「音を聴き分ける耳」は、今の私の大きな財産になっている。

ただ、その「耳」の良さが、思春期の私を少しだけ孤独にすることもあった。

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