アンコールはリビングで
早瀬さんかな、と思って鉄扉に近づいた、その瞬間。

『――言葉にできないなら、音に乗せてしまえばいい。夜明けが来る前に、この街のノイズを全部消して――』

「……ッ!?」

私の足が、磨き上げられたタイルの床に縫い付けられたように止まった。

歌声だ。
非常階段特有の残響(リバーブ)をたっぷりと含んだ、切なく、けれど芯のある歌声。

(……なに、これ)

上手い、なんていう平凡な言葉じゃ追いつかない。
耳に入った瞬間、鼓膜ではなく心臓を直接掴まれたような感覚。

その声には、テクニックを超えた「感情」が、痛いほどに乗っていた。

現場のピリピリした空気も、寒さも、疲れも、全部が一瞬で吹き飛ぶような衝撃。

「本物だ……」

私は雷に打たれたように立ち尽くしていた。

誰が歌っているのか。いや、状況的に彼しかいないけれど、信じられなかった。
あの「氷の王子」が、こんなに熱くて、脆くて、美しい歌声を持っているなんて。

もっと聴いていたい。
でも、歌声が止んでしまった。

私は高鳴る心臓を抑えながら、意を決して重たい鉄扉に手をかけた。
ギィ、と鈍い音がして扉が開く。

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