アンコールはリビングで
そこには、ネクタイを緩め、壁にもたれかかった早瀬さんがいた。
私を見て、彼は酷く狼狽したように目を泳がせた。

「あ、いや……これは……」

仕事中(厳密には休憩中だけど)に歌っていたのを見られた気まずさだろうか。

でも、私はそれどころじゃなかった。
伝えなきゃ。この衝撃を、賞賛を。

「……お疲れ様です。これ、差し入れ。温かいうちにどうぞ」

私は震える手で、缶コーヒーを差し出した。

「あ、す、すみません……」

戸惑いながら受け取る彼。

沈黙が落ちる。
どうしよう。なんて言えばいい? 「感動しました」じゃ安っぽい。

悩みに悩んで口から出たのは、驚くほど平凡な質問だった。

「あの……今の、すごくいい曲ですね」

彼は目を丸くして私を見た。

「この間、ラジオで流れてたあの曲かな……? サビの転調の仕方がすごくキャッチーで、一度聴いたら耳から離れない感じで。誰の曲ですか? 有名なバンドとか?」

私の頭の中にある音楽データベースをフル回転させても、該当する曲がない。

話題のミュージシャンの新曲? いや、もっとメロディアスだ。
私が知らない日本のインディーズバンドの名曲だろうか?

すると、彼は乾いた唇を舐め、小さく答えた。

「……いえ」

「誰の曲でもないです。……俺の曲です。ただの、作りかけの」

時が止まった。

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