アンコールはリビングで
「実は……週末だけ、路上で歌ってるんです。まだ全然、無名なんですけど」

「えっ、路上ライブですか!? どこでやってるんですか?」

渡りに船とはこのことだ。
まさか、この「本物」の歌声を、生でしっかり聴ける機会があるなんて。

最近こそ激務で足が遠のいていたが、私の根っこは変わらずライブハウスを愛する音楽マニアだ。
この原石が輝く瞬間を、絶対に見逃したくない。

「今週末、この内覧会が終わった日曜の夜に、駅前の広場で合同ライブに出る予定なんです。もし、よかったら……」

「行きます! 絶対行きます!」

食い気味に即答した私を見て、彼が吹き出した。

「……ふっ、あはは! 水沢さん、仕事中とキャラ違いすぎません?」

クシャッと笑ったその顔は、会議室の「氷の王子」とは別人のように幼く、柔らかかった。

「あ……! す、すみません、私、音楽のことになるとつい……忘れてください!」

私はカッと顔が熱くなるのを感じた。仕事相手に、なんてミーハーな反応をしてしまったんだろう。

でも、彼はもう武装していなかった。
そこにあったのは、冷たい氷のシェルターではなく、音楽を愛する一人の青年の素顔だけ。

私たちは寒空の下、缶コーヒーの温かさだけを頼りに、音楽の話をした。

学生時代、誰とも周波数が合わずに孤独を感じていた私。
エリートの仮面の下で、孤独に歌い続けていた彼。

二人のチューニングが、この非常階段で奇跡的に合った瞬間だった。

いつの間にか、今夜の疲れもどこかへ飛んでいってしまっていた。

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