アンコールはリビングで
「ま、出会えたのは奇跡だけどさ……正直、あの後の期間は俺にとって地獄だったけどな」

「えっ、地獄? なんで?」

「なんでって……」

湊は呆れたように私を見て、絡めた指を強引に引き寄せた。
バランスを崩した私の体が、彼の胸に預けられる。

至近距離で見下ろしてくる瞳は、拗ねているようで、でもどこか肉食獣のように鋭い。

「凪、全然気づかなかったろ? 俺はもう、あの夜から凪のことしか見えてなかったのに」

彼の瞳が、熱を帯びて私を射抜く。

「単なる『音楽の分かる仕事相手』とか、『才能ある年下の男の子』とか……そんなポジションで満足できるわけないだろ。どうやって凪に『男』として意識させるか、俺がどんだけ必死だったか……全然分かってないだろ」

「あ……」

言われてみれば、心当たりがなくもない。
当時の私は、彼の才能に夢中で、彼の「好意」のサインをことごとくスルーしていたような気がする。

「ご、ごめん……だって、まさか湊が私のことなんて……」

「言い訳無用」

湊は私の言葉を遮ると、耳元に顔を寄せた。
吐息が直接鼓膜を震わせ、背筋がゾクゾクと痺れる。

「……これからたっぷり教えてやるよ。俺がどんな気持ちで、あの時を過ごしてたか」

湊はそう囁くと、私の耳朶を甘噛みするように唇を寄せ、意地悪く、でも愛おしそうに喉の奥で笑った。

その言葉が合図のように、物語の視点が切り替わる。

私が鈍感に過ごしていたあの季節、彼がどれだけの熱情を隠し持っていたのか。

その「B面」が、今ようやく明かされようとしていた。
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