アンコールはリビングで
広場の端から、ものすごい勢いで駆け込んでくる人影が見えた。

ベージュのジャケットに、パンツスーツ。
髪は乱れ、額には汗が滲んでいる。

明らかに仕事現場から直行してきたであろうその姿は、お世冗談にも優雅とは言えなかった。

けれど。

(……水沢さん!)

彼女はステージ上の俺を見つけると、ぱあっと顔を輝かせ、息を切らせながら小さく手を振った。

その瞬間。

モノクロだった景色に、一気に色が差したような気がした。
無数に人がいる中で、彼女のいる場所だけが鮮やかに浮かび上がって見える。

俺のためだけに走ってきてくれた人がいる。
俺の歌を聴きたいと思ってくれている人が、そこにいる。

ドクン、と心臓が今まで感じたことのない高揚感で跳ねた。

(……聴かせてやる。最高の歌を)

俺はマイクに向かい、弦を弾いた。
声が出る。指が走る。

今までで一番、いい音が出ているのが自分でも分かった。

最初はスマホを見ていた『Silent Blue』のファンたちも、一人、また一人と顔を上げ、俺の方を見始めた。

「え、なんか良くない?」
「誰この人?」

ざわめきが広がる。手応えがある。

けれど、俺の視界の中心には、ずっと彼女しかいなかった。
曲が終わる頃には、彼女は少し涙ぐんで、誰よりも強く拍手を送ってくれていた。

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