アンコールはリビングで
「……あ、あの……」

黙り込んでしまった俺を見て、凪さんが慌て始めた。
何かまずいことをしてしまったと思ったのか、彼女の顔色が曇る。

「……え、ごめん!! 早瀬くんに彼女さんとかいたっけ……!?だとしたら、ものすごい迷惑だよね。ほんとにごめんね、えっと、これは私が勝手に……」

彼女が申し訳なさそうに箱を引っ込めようとした瞬間。
俺は反射的に身を乗り出し、その箱を両手でガシッと掴んだ。

「ち、ちがうんです凪さん!! 俺、彼女とかいませんから!!」

「えっ」

「いたら、今日ここには来てませんて……!!」

店内に響き渡るほどの声で否定してしまい、周りの視線が突き刺さる。
バレンタインを忘れていたことは棚に上げ、俺は必死に訴えた。

「……ありがとうございます。すっげえ嬉しいです。ほんとに」

俺は箱を大事そうに胸に抱え、彼女を見た。

「凪さんが俺のことを考えて選んでくれたってことだけで、今日までの疲れ、全部吹っ飛びました」

にやけていないか心配になりつつ、とびきりの笑顔で伝える。

すると、凪さんはほっとしたように息を吐き、それから少し頬を染めてはにかんだ。

「よ、よかったあ……このチョコレート、私もたまに自分へのご褒美で買ったりするんだけど、疲れた体に沁みるんだよ」

彼女はコーヒーカップを手に取り、少し潤んだ瞳で俺を見つめた。

「……そう、早瀬くんの歌みたいな感じ」

「……っ!」

その綺麗な笑顔と言葉に、俺の理性が音を立てて崩れ落ちそうになった。

時が止まる。

周囲の雑音が遠のき、彼女のその表情だけが鮮明に焼き付く。

ノックアウトだ。完敗だ。

こんなことを言われて、惚れ直さない男がいるだろうか。

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