アンコールはリビングで
いや、足りない。まだ足りない。
ただの「歌が上手い後輩」じゃダメなんだ。

彼女の日々の疲れを癒やすのも。
心を震わせるのも。
涙を流させるのも。

そのすべてが、俺の歌であってほしい。

そして何より、彼女の隣に立つのは、俺という男であってほしい。

曲が終わり、静かな余韻の後に、万雷の拍手が起こった。
凪さんも、夢見心地な顔で拍手を送っている。

俺は静かにカクテルの残りを飲み干し、グラスを置いた。

覚悟は決まった。
もう、BGMに頼るのは終わりだ。

ここからは、俺自身の言葉で伝えなければならない。

「……凪さん」

俺はまっすぐに彼女を見つめた。

「……行きましょうか」

優しく、けれどどこか切迫した俺の声に、彼女がハッとしてこちらを見る。
俺の目にある「決意」を読み取ったのか、彼女は小さく頷き、立ち上がった。

これから向かう場所は一つ。

俺たちの物語が始まった、あの場所だ。

< 238 / 628 >

この作品をシェア

pagetop