アンコールはリビングで
「……『私でよければ』じゃないです」

彼は一歩踏み込み、私の右手をごく自然に、けれど力強く引き寄せた。

「凪さんが、いいんです」

「……っ」

強い力で引かれ、私は彼の胸の中にすっぽりと収まった。

コート越しでも伝わってくる、熱い体温。
私を包み込む長い腕。耳元で聞こえる、彼の少し早い心音。

「……ありがとう、凪さん……っ、ほんとに……」

彼が私の肩に顔を埋め、深く息を吐き出す。
その愛おしさに、私もそっと彼の背中に腕を回した。

しばらくして、彼がゆっくりと体を離した。

至近距離で、琥珀色の瞳と目が合う。
彼の視線が、私の目元から、ゆっくりと唇へと落ちた。

微かに香る、彼の爽やかで色気のあるウッディアンバーの香水と、夜風の匂い。

すっと整った顔が近づいてくるたび、心臓が跳ね上がって呼吸の仕方を忘れてしまう。

どちらからともなく、距離が縮まる。

私は自然と、ゆっくりと目を閉じた。

頬に、彼の大きな手が添えられる。
指先から伝わる彼の熱に、ビクッと肩が震えた。

まるで、壊れ物に触れるような、ひどく優しくて慎重な手つき。

そして。

冷たい春の夜風の中で、彼の熱い唇が、私の唇に重なった。

甘くて、優しくて、でも逃げ場のない、確かな誓いのキス。

触れ合う唇から彼の体温が流れ込んでくるようで、眼下の東京の夜景が、彼の色気と熱で溶けていくような気がした。

***

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