アンコールはリビングで
「湊くん、お疲れ様。すっかり手の届かない大スターになっちゃって」

背後から聞き覚えのある、けれど今の俺にとってはひどくどうでもいい声がかけられた。

振り返ると、今日の番組でチーフディレクターを務めていた女性――大学時代、ほんの数ヶ月だけ付き合っていた元恋人が立っていた。

「……お久しぶりです。今日は番組でお世話になりました」

俺は営業スマイルを崩さず、小さく頭を下げる。

「ふふ、そんな堅苦しいのやめてよ。ねぇ……昔のよしみで、久しぶりに二人で飲みに行かない? 積もる話もあるしさ」

彼女が一歩距離を詰め、甘えるような視線で俺の腕に触れようとした。
俺はごく自然な動作で半歩後ろへ下がり、その手を完全に躱す。

「すみません。この後も曲作りの予定が詰まってまして。それに、私には仕事以外の連絡先を個人的に交換する権限はありませんので、何かあればマネージャーを通してください」

「え……あ、そう。……そっか」

冷や水を浴びせられたような顔をする彼女に「失礼します」とだけ告げ、俺は踵を返した。

言い寄られようが、昔話を持ち出されようが、俺の心には一ミリの波風も立たない。

足早に局を出て、迎えの車に乗り込む。

頭の中は、今夜の夕食のメニューと、凪の柔らかい笑顔で満たされていた。

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