アンコールはリビングで
2. 誠実な報告と、落ちた一滴

「……へぇ。そうだったんだ。びっくりだね」

その日の夜。ダイニングテーブルで向かい合って夕食をとっている時、湊が何気ない調子で口にした言葉に、私は平静を装って相槌を打った。

『今日さ、テレビ局で大学の時の元カノがディレクターやってて。声かけられたけど、適当に躱しといたわ』

箸を動かす湊の顔には、「今日あったただの出来事」以上の感情は読み取れない。
彼なりの、誠実な報告だということは分かっている。

「……業界の人だと、また仕事で一緒になることもあるかもしれないね」

「んー、まあ俺から絡むことは絶対ねぇから。……あ、今日のこの小鉢、めっちゃ美味い。ほうれん草としらすの塩麹和え?おかわりある?」

「うん、あるよ。持ってくるね」

席を立ち、キッチンへ向かう私の心臓は、嫌な音を立てていた。

(……大学時代の、元カノ)

テレビの第一線でディレクターとして働いているなら、きっと美しくて、業界の話も対等にできる自立した女性に違いない。

何より、彼女は私の知らない「学生時代の湊」を知っているのだ。

「……だめだめ。何考えてるの、私」

小さくかぶりを振り、湊の器におかずを取り分ける。

私はその夜、彼に悟られないよう、必死に「いつもの物分かりのいい年上彼女」を演じきった。

< 281 / 650 >

この作品をシェア

pagetop