アンコールはリビングで
5. 過去の亡霊と、絶対的な安全地帯

「……はぁ……」

頭上から、深くて熱を帯びたため息が降ってきた。

呆れられた。
そう思って身をすくめた瞬間。

「……っ湊……!?」

私の身体は、折れそうなほど強い力で、彼の腕の中に抱きしめられていた。

「……お前、マジで……そういうとこ、ずるすぎ……っ」

耳元で聞こえた声は、微かに震えていた。

「……俺を失うのが怖くて、そんなに泣いてんの? ……俺が、他の女んとこ行くかもしれないって?」

「……っ、だって……」

「……行くわけねぇだろ。バカ」

彼の手が私の後頭部を優しく撫で、その大きな胸の中に私をすっぽりと閉じ込める。

「……あの日の報告、不安にさせてごめんな。でも、隠し事したくなかったんだよ。俺の頭の中には、あの女の顔も名前も、もう一ミリも残ってねぇ」

「……ほんと、に……?」

「……俺のスマホ、今ここで全部の履歴見てもいいから。連絡先も知らねぇし、知る気もねぇよ」

彼が私の顔をそっと持ち上げ、涙で濡れた瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
そこにあるのは、混じり気のない、絶対的な「愛」だけだった。

「……俺の目には、凪しか映ってない。過去の女がどんな奴だろうが、俺にとっては凪が世界で一番綺麗で、世界で一番愛おしいんだよ」

「……っ、湊……っ」

「……強がらなくていい。不安なら、何回でも俺に言え。俺が何度でも、言葉と態度で上書きしてやるから」

そう言って、彼は私の目尻の涙を掬い取るように、羽のように優しいキスを落とした。

頬、鼻先、そして、震える唇へ。

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