アンコールはリビングで
「俺は今月いっぱいで白井不動産を退職しますが、有休消化などという悠長な概念はありません。業務の引き継ぎと並行して、6月のデビューに向けたレコーディング、MV撮影、宣伝用スチールの撮影、さらにはボイストレーニングが分単位で詰め込まれています」

「え……あ、うん。そうだね? 早瀬くん、すごく忙しくなるね」

私が呑気に相槌を打っている間に、早瀬くんの「攻撃」はさらに加速する。

「そこで最大の問題となるのが、物理的な距離と時間の損失です。正直、今の凪さんの家と俺の寮を往復する『移動コスト』および『時間のロス』は、デビュープロジェクトの完遂において最大のボトルネックです」

「ボ、ボトルネック……」

(……こ、恋人との会話で聞く単語じゃない……!)

「さらに、リスクマネジメントの観点から言わせてもらえば、俺がデビューして顔が売れた後、頻繁に家を行き来するのは週刊誌への格好の餌食です。発覚リスクを最小限に抑え、かつ俺のメンタルとフィジカルをベストな状態に保つには……」

彼は一度言葉を切り、眼鏡のブリッジを押し上げるような仕草(眼鏡はかけていないのに)をして、琥珀色の瞳で私を真っ直ぐに射抜いた。

「『最初から一緒に住む』。これ以外の最適解はありませんね?」

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