アンコールはリビングで

壁一面に並べられた膨大な数のレコードとCD。
部屋の中央には、凪さんが「小さい頃に買ってもらって、ずっと弾いていた」と嬉しそうに語っていた年代物の『Boston』のアップライトピアノが鎮座し、その横にはリビングのものよりさらに重厚なオーディオセットが組まれている。

「うわ……すげぇ……」

思わず感嘆の声が漏れた。
これは、ただの趣味のレベルじゃない。本物の音楽好きの城だ。

「ふふ、男の隠れ家だよ。……さぁ、座って」

お父さんがウイスキーをグラスに注ぎ、俺に手渡してくれた。
カチン、とグラスが触れ合う音が、部屋の静寂に響く。

お父さんが静かに針を落としたレコードから流れてきたのは、ビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』だった。

(……あ)

奇しくも、あのホワイトデーの夜、ジャズクラブ『Midnight Blue』で食事とお酒を楽しみながら聴いていた、思い出の曲だ。

あの後、ガレリアプラザの屋上庭園で彼女に告白する前の、あの心地よくて甘い緊張感がふわりと蘇ってくる。
胸の奥が熱くなるのを感じながら、俺はグラスを傾けた。

そこからはもう、立場も年齢も忘れた、男同士のディープな音楽談義の時間だった。

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