アンコールはリビングで
3. 父と、息子と、私

***

「……盛り上がってるね」

母とリビングで紅茶を飲んでいた私は、防音室から漏れ聞こえてくる楽しげな笑い声に、呆れつつも安堵していた。

少し様子を見に行ってみると、ドアの隙間から、信じられない光景が見えた。

いつもはどこか余裕があって堂々としているあの早瀬くんが、父の前のめりなトークに目を輝かせ、まるで少年のように身を乗り出して話し込んでいるのだ。

「……いやー、まさかビル・エヴァンスの『Waltz for Debby』の話ができるとは思いませんでしたよ! あのテイクのピアノのタッチ、絶妙っすよね。僕もレコードが擦り切れるほど聴いてたんです」

「そうだろう! 分かるか、湊くん! 最近の若いもんはデジタルな音ばかり好むが、君は本物の良さが分かってるねぇ」

父は上機嫌で、もう彼を「湊くん」と名前で呼んでいる。
しかも、早瀬くんの方もいつの間にか敬語が崩れかけ、完全に音楽オタクの顔になっているじゃないか。

「凪さんのお父さんもそう思いますか? あの独特の間の取り方がたまらないんですよね」

「お父さんなんて堅苦しいのはよしてくれ。『航さん』で構わないよ。いやー、たまげたな。こんな若者がいるなんて、今日は時間を忘れそうだ」

父は相好を崩し、早瀬くんの肩をバンバンと叩いている。

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