アンコールはリビングで
二人で駅に向かう道すがら。
春の夜風が、少し火照った頬に心地よい。

「ふふっ、早瀬くん、もう完全にうちの息子みたいになってたよね。『航さん』だなんて」

私がからかうように言うと、早瀬くんはバツが悪そうに頭を掻いた。

「いや……ほんと、初めは緊張でどうなることかと思いましたけど……凪さんのお父さんお母さん……航さんも澪さんも、すげぇ優しくて。これが凪さんのルーツか……って感じしました」

彼は夜空を見上げ、ふっと息を吐いた。

「正直……仕事の時の『デベロッパー早瀬』を引っ張り出して、営業トークで気に入ってもらおう……なんて下心が、初めはあったんすけど」

「あはは、やっぱり?」

「でも、そんなの必要ないくらい、自然に受け入れてくれて……俺も、普通に楽しかったし、嬉しかったです」

そう言って私に向けられた笑顔は、何の計算もない、等身大の彼の表情だった。

「……よかったね、早瀬くん」

「はい。……これで、同棲への障壁は完全にクリアしましたね」

「もう、すぐそうやって仕事みたいに言うんだから」

繋いだ手に、ぎゅっと力がこもる。

盤石の布石を打つつもりで挑んだ今日の日が、彼にとっても、私にとっても、かけがえのない「家族」への第一歩になった。

「……じゃあ、帰りますか。それぞれの家に帰るのも、あと少しっすね」

彼が指し示した駅の向こうには、私たちがこれから一緒に帰るようになる、新しい生活の準備が待っている。

私は彼の手を握り返し、「うん」と力強く頷いた。

***
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