アンコールはリビングで

24 決壊の境界線と、守り抜いた約束

1. 聖域を守るためのスイッチ

その日は朝から、仕事の資料の文字がまったく頭に入ってこなかった。

(……限界なんて、とうに超えてるはずなのに……)

昨夜の異常な疲労感。
微かに熱を帯びていた体温。
そして、今朝のダイニングテーブルに残されていた、震えた文字の置き手紙。

思い出すだけで、胸がギュッと締め付けられる。

今日は朝から、どうしても外せない新曲のジャケット撮影だと言っていた。
あの状態の彼が、今どうやってカメラの前に立っているのか。想像するだけで息が詰まりそうになる。

忙しい撮影の合間にスマホを見る余裕なんてないかもしれない。
それでも、居ても立っても居られず、私は昼休みにスマートフォンの画面を開き、メッセージを打ち込んだ。

『湊、撮影お疲れ様。無理しないでって言っても無理するの分かってるから……せめて限界が来る前に、島崎さんか私に寄りかかってね。いつでも特等席、空けて待ってるから』

重すぎず、でも私の心配が伝わるように。
送信ボタンを押し、既読のつかないトーク画面を見つめながら、私は深く息を吐き出した。

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