アンコールはリビングで
2. 境界線の崩壊

その日も、会社を出たのは日付が変わるギリギリの時間だった。

まとわりつくような夏の夜の湿気が、極限まで疲労した身体に重くのしかかる。

駅からマンションまでの見慣れた道のりが、まるで水の中を歩いているようにひどく遠く感じられた。

(……早く、帰らなきゃ。湊が、待ってる……)

足元がおぼつかなくなりながらも、這うようにしてマンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。

自分の家の玄関の前に立ち、震える手で鍵を開けた、その時だった。

重たいドアを開け、涼しいエアコンの風が頬を撫でた瞬間。
――目の前の景色が、ぐにゃりと奇妙な形に歪んだ。

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