アンコールはリビングで
『凪さんと一泊、どこかに行ってきなよ。息抜きも大切だし、最近の早瀬くんは、隣で見てられないくらいしんどそうだったよ。走り切るつもりでいた根性も天晴れだけど、しっかり心と身体の休養を取って、より良いものを作るのが『プロ』でしょう?』

またもや明るい声色だが、そこには確かな迫力があった。
たぶん今、電話の向こうの島崎さんはニコニコと笑顔を浮かべているはずだが、背後には逆らえないオーラが立ち上っているに違いない。

怖え。
この人を本気で怒らせたら、俺のアーティスト生命はおしまいだ。

「わ、わかったから……! よく休みますって……!」

『うん、よろしい。仕事のことは忘れて、凪さんと羽伸ばしてきてね。で、戻ってきたら、これまでより更に良いものを作り上げよう』

今度は本当に、心からの優しい笑顔の声だった。
電話越しだというのに、島崎さんが俺の肩にポンと力強く手を添えてくれたような、そんな温かい感覚が胸に広がる。

「……ありがとうございます。本当に」

電話を切り、俺は小さく息を吐いた。

ほんと、この人には敵わない。厳しくも優しい、業界の兄貴分。
路上ライブをしていたあの頃、スカウトしてくれたのがこの人で、本当に良かったと心から思う。

俺はスマホを握りしめたまま、リビングの窓から広がる青空を見上げた。

思いがけず手に入れた、来週末の完全オフ。
俺の頭の中には、すでに一つの明確な『目的地』が浮かび上がっていた。

「……よし、凪を驚かせてやるか」

俺は不敵に笑い、ベッドから立ち上がった。

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