アンコールはリビングで
「湊……!」

ドアを開けた瞬間、奥の廊下から、世界で一番大好きな声がした。

俺は靴を脱ぐことすらできず、大理石のたたきに立ったまま、重厚な玄関の壁に手をついて激しく肩を上下させた。

「湊、大丈夫!? すごく苦しそう……っ!」

血の気を引かせて駆け寄ってくる凪。
俺は、壁についていない方の手を前に出し、彼女を制止するように手のひらを向けた。

「……ダメだ」

「え……?」

「……ごめん、凪。……熱、上がっちまったわ……」

今にも崩れ落ちそうな身体を、俺は必死に壁に押し付けて、自身の二本の足だけで立とうとする。

「どうして止めるの……! 寄りかかっていいよ、しんどいんでしょ!?」

泣きそうになりながら手を伸ばしてくる彼女に、俺は荒い息を吐きながら、強く首を横に振った。

「……ダメなんだ。……ここで凪に寄りかかったら……安心して、この玄関で、倒れちまうから……っ」

俺は、凪の前でだけは、絶対に倒れない。
どんなにしんどくても、自分の足で倒れずに、寝室のベッドまで辿り着いてみせる。

「……俺が倒れる前に、ベッドまで、連れてってくれ……」

熱で溶け出した境界線の向こう側。

俺の帰るべき『聖域』が、ようやく俺のすべてを受け止めてくれようとしていた。
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