アンコールはリビングで
俺の脳裏に、4年前の記憶が鮮明に蘇る。
デビュー直前の春。
凪と同棲を始めたばかりの、まだ何者でもなかった25歳の俺。

厳格な父・宗一郎の期待を裏切り、最高峰の企業である『白井不動産』を辞め、先の見えない音楽の道へと進むことを決意したあの時。

俺は、真っ先に兄と姉を呼び出し、自分の覚悟と、凪という大切な女性の存在を伝えたのだ。

(……あの時、親父と縁を切ってでも家を出てきたからには)

俺は凪の肩から頭を上げ、真っ直ぐに前を見据えた。

(今度のツアーも……絶対に、成功させなきゃなんねぇな)

重圧は消えない。
だが、その重圧を背負ってでも進むべき理由が、俺の過去と、今の俺の隣には確固として存在していた。

「……湊?」

不思議そうに見上げてくる凪の頬に、俺はそっと手を添えた。

「……凪」

「ん?」

「今回のアルバム、『Sanctuary』ってつけた理由。さっきテレビで少し話したけど……俺の根っこの部分の理由、ちゃんと話したことなかったよな」

「えっ……?」

俺は深く息を吸い込み、記憶の奥底――俺と凪が、この小さなリビングを本当の意味で、誰にも侵されない『聖域』だと自覚した、あの4年前の春へと意識を沈めていった。
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