アンコールはリビングで
「……姉貴」

「親父の期待に応えなきゃって、必死に『いい子』演じてさ。私たちと同じように、あんな窮屈なスーツ着込んで……」

姉貴は空になったグラスをテーブルに置き、真っ直ぐに俺を見つめた。

「お母さんが亡くなってから、父さんの厳しさは全部、まだ未来が決まってないあんたに向かっちゃってた」

テーブルの上で強く組まれた彼女の手が、微かに震えているのを見て、俺は息を呑んだ。

「当時18や20だった私たちは、自分のことで精一杯で……。父さんに強く言って、あんたを守ってやれなかったこと、ずっと悪いと思ってたのよ……」

「姉貴……そんなこと……」

「私たちはもう手遅れだけど……」

自嘲するようにふっと笑った後、姉貴は潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに射抜いた。

「あんただけは自由に生きてほしかったの……」

「そうそう。医者だの弁護士だの、親父は世間体にうるさいけどさ」

しんみりした空気を変えるように、兄貴がわざと明るい声を出して隣から身を乗り出す。

「末っ子のお前くらい、好き勝手やったってバチは当たらんよ。……よく自分で決断したな」

兄貴が、昔のように優しく俺の頭を撫でた。

「子ども扱いするな」と言いたいところだが、今はその手のひらの温かさが、張り詰めていた緊張の糸をゆっくりと解いていくようで、俺は何も言い返せなかった。

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