アンコールはリビングで
「……」

サングラスの奥で、彼の視線が一瞬私を捉え、すぐに前に戻った。

「……あ? 当たり前だろ」

「えっ」

「開店と同時に行かねぇと、変な花しか残ってねぇかもしれねぇし。……お前にやるもんだからな。一番いい状態のやつ渡してぇだろ」

彼はぶっきらぼうに、さも当然のことのように言い放った。
ハンドルを握る手はリラックスしているように見えるが、口元が少し尖っている。照れている証拠だ。

(……え、マジで……)

私の彼氏、どんだけスパダリなの……。

いつもは「眠い」「ダルい」って文句ばっかり言ってるのに、私のために早起きして、一番いい花を選ぶために開店待ちして……?

これがツンデレの極みなのか。尊すぎて胸が苦しい。

「……ありがと。一生大事にする」

「……枯れるから無理だろ」

「ドライフラワーにするもん」

「……勝手にしろ」

そっけない物言いだけど、その声は甘く震えている。

車が赤信号で止まる。

ふと、私の左手に温かい感触が触れた。
ハンドルから離された彼の手が、私の手をぎゅっと握りしめていた。

「……凪」

「ん?」

彼がサングラスを少しずらして、私を見る。
その瞳が、熱を帯びて揺れている。

「……信号変わるまで、こっち向け」

「え、なに……んっ」

彼が身を乗り出し、私の唇を塞いだ。
短いけれど、愛おしさが詰まったキス。

信号待ちの数秒間、私たちは車内という密室で、誰にも邪魔されない口付けを交わした。

不意に、彼の喉の奥から小さな舌打ちが聞こえた。

「……チッ、もう青かよ。空気読めねぇな」

彼は名残惜しそうに唇を離すと、不満げにサングラスを戻し、再びアクセルを踏んだ。

私は熱くなった頬を手で冷ましながら、窓の外へ視線を逃がした。

……やっぱり今日の湊は、心臓に悪い。
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