アンコールはリビングで
歴史ある重厚な日本家屋。
手入れの行き届いた、立派な枝ぶりの松の木。

俺が育ち、そして、14歳のあの日からずっと息苦しくて逃げ出したかった場所。

「……ふぅ」

一歩足を踏み入れるだけで、肩に重たい鉛が乗ったような感覚に陥る。
俺は廊下を進み、まずは自分が使っていた空き部屋へと向かった。

俺は決して、親父の顔色を窺って言いなりになるだけの『いい子』な末っ子ではなかった。

親父の考えに縛られ、一度はそのレールに乗りはしたものの、どうしても『音楽』だけは辞めたくなかった。

だからこそ、親父に自分のやりたいことを無理やりにでも認めさせるために、死に物狂いで努力した。

親父が求める水準の学業を修め、誰もが羨む企業への就職という高いハードルをすべて完璧にこなして、自分の意志を貫き通してきたのだ。

俺は無言でクローゼットの扉を開け、紙袋から取り出したスリーピースのスーツを、丁寧にハンガーに掛けた。

これまで俺を守り、そして縛り付けてきたこの重たい鎧に、俺なりの礼を尽くし、静かに別れを告げる。

クローゼットの扉を閉める。
たったそれだけの動作で、俺の中にあった最後の執着が完全に切り離された気がした。

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