アンコールはリビングで
2. 最後の業務報告と、息継ぎの場所

書斎には、香炉から焚かれた白檀の香の匂いが充満していた。

壁一面の本棚に囲まれた巨大な執務机の向こうで、早瀬家の絶対的家長である父・宗一郎が、老眼鏡をかけて分厚い書類に目を通していた。

俺が入っても、視線すら上げない。
昔から何も変わらない、この冷徹で威圧的な空気。

かつての俺なら、この空間にいるだけで息が詰まりそうになっていただろう。

だが、今の俺には、凪のいるあのリビングの温かい空気の記憶がある。だから、もう怖くはなかった。

俺は机の前まで進み、深く頭を下げた。

「父さん。……お話があります」

「……なんだ。やっと金にならない音楽を辞める決心でもついたか?」

冷ややかな先制パンチ。
俺がどんなに優秀な成績で一流企業に勤めようとも、裏で音楽活動にのめり込んでいることなど、この父に隠し通せるはずもなかったのだ。

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