アンコールはリビングで
3. 鎧の返還

俺は一歩だけ前に出て、父を真っ直ぐに見つめ返した。

「白井で着ていたスーツ……あのスリーピースは、俺の部屋のクローゼットに掛けてきました」

「……なんだと」

「あれは俺が、他人から舐められぬように、早瀬家の人間として完璧であろうとするために、無理をして着ていたものです。でも、もう二度と袖を通すことはありません」

父は無言で、俺の言葉を噛み砕くように睨みつけている。

「これからの俺は、父さんが敷いたレールの上の安全な肩書きじゃなく……『早瀬湊』という俺の名前と、自分の声だけで戦っていきます」

それは、俺なりの『絶縁状』であり、同時に、ここまで何不自由なく育ててくれたことへの『感謝状』でもあった。

もう、あなたの理想通りには生きない。
あなたの呪縛からは解放されるという、完全な決別。

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