アンコールはリビングで
4. 決別の背中

俺が部屋を出て、扉を閉めるその瞬間まで、父は二度とこちらを見なかった。

バタン、と。
重厚な木のドアを閉める音が、俺の過去との繋がりを完全に断ち切る音のように廊下に響いた。

「……はぁ」

長く息を吐き出す。
廊下を歩く俺の足取りは、来る時よりもずっと、ずっと軽かった。

失ったものは大きいかもしれない。安定した地位も、実家という後ろ盾も。

けれど、手に入れた自由と覚悟の重さの方が、今の俺にはたまらなく心地よかった。

(……帰ろう)

俺の帰りを待っている人がいる。

この世界で一番、俺の声と、ありのままの俺自身を愛してくれている、あの陽だまりのような人が。

外の世界でどんなに傷ついても、俺にはあの小さなリビングがある。

俺は迷うことなく実家を後にし、凪の待つマンションへと急いだ。

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