アンコールはリビングで
5. 空っぽの自室・その後

――バタン。

末の息子――湊が書斎を出て行った後。

早瀬宗一郎は、しばらくの間、執務机に座ったまま微動だにせずに虚空を見つめていた。

「……馬鹿者が」

誰もいない部屋で、独りごちる。

その張り詰めた声には、先ほどまでの激しい怒りはなく、ただ深い疲労と落胆だけが滲んでいた。

宗一郎は重い腰を上げ、白檀の香が漂う書斎を無言で出た。

向かった先は、つい先ほどまで湊がいた、彼の空っぽの自室だ。
ドアを開けると、綺麗に整頓された部屋はひっそりと静まり返っている。

宗一郎は真っ直ぐにクローゼットへと向かい、その扉を開けた。
そこには、白井不動産に入社した後に湊が仕立てたらしい美しい濃紺のスーツが、静かに掛けられていた。

宗一郎はゆっくりと手を伸ばし、その上質な生地にそっと触れた。

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