アンコールはリビングで
兄や姉と同じように、いやそれ以上に、湊は優秀な息子だった。
自分が課した高すぎるハードルを歯を食いしばってすべて越え、名だたる企業へと入社してみせた、誇り高き息子。

だが、一番多感な14歳の時に母を亡くした湊に対し、宗一郎は他の誰よりも強いプレッシャーを与え、一番厳しく接してしまっていた。

宗一郎は懐から古い手帳を取り出し、そこに挟んである1枚の写真をそっと見つめた。

そこに写っているのは、若き日の妻・紗希子。

『お父さんは昔、作家になりたかったから、お話を書くのがとっても上手なのよ』

いつだったか、子どもたちにこっそりと内緒話をする妻の、陽だまりのような優しい声が脳裏に蘇る。

そう、宗一郎自身もかつて、小説家になりたいという叶わぬ夢を抱いていた時期があった。

だからこそ、成功する保証などどこにもない『歌手』という不安定な夢を追う末の息子に、かつての自分の幻影を重ねてしまったのだ。

夢破れて絶望する前に。
その不安定な夢物語など見ないようにと、より一層厳しく接し、強引に安定したレールへと乗せようとしていた。

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