アンコールはリビングで
白井不動産での最終出社日。
そして、父への退職とデビューの報告。

このたった1日の間に、俺の人生のフェーズは完全に、そして不可逆的に変わってしまった。

最寄駅で電車を降り、マンションまでの道のりを足早に歩く。
まだ肌寒い春の夜風が頬を撫でるが、俺の足取りはどんどん速くなっていた。

ただ一刻も早く、あの場所へ帰りたかった。

マンションのエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。
表示される数字が上がるにつれて、早鐘のように打っていた鼓動が、少しずつ、少しずつ落ち着いていくのを感じる。

あの重厚で冷たい、息の詰まるような日本家屋とは違う。
俺が帰るべき場所は、もうあそこじゃない。

エレベーターを降り、自分たちの部屋のドアの前に立つ。
ポケットからカードキーを取り出し、センサーにかざした。

ピピッ、という短い電子音と共に、ロックが解除される軽い音が、俺を迎え入れてくれる。

ガチャリーー

「……ただいま」

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