アンコールはリビングで
「……おれ、……言ってきた」

「うん」

「……もう、実家には戻らねぇって。……あのスーツも、置いてきた……っ」

俺の掠れた声に、凪は驚くこともなく、ただ俺の背中にそっと両腕を回してくれた。

「うん、うん。……頑張ったね」

凪の小さな手が、俺の広い背中を優しく、トントンと一定のリズムで叩く。

その規則正しいリズムが、遠い昔、俺がまだ子どもだった頃に母さんにされた子守唄みたいで。
張り詰めていたダムが、完全に決壊した。

「……凪ぃ……っ」

「よしよし、おかえり、湊」

俺の口から、自分でも驚くほど情けない、震えた声が漏れた。

俺は彼女の首筋に顔を深く埋め、逃げ場を探す子どものように、さらに強くしがみついた。
鼻の奥がツンとして、視界が歪む。

怖かったわけじゃない。
自分の決断に後悔なんて微塵もない。

ただ、張り詰めていた気が一気に抜けて、言葉にできないほどの安堵の波が押し寄せてきて、感情の制御がまったく効かなくなってしまったのだ。

< 632 / 796 >

この作品をシェア

pagetop