アンコールはリビングで
「……ご飯、ミネストローネ作ったんだけど……食べる?」

彼女が必死に平静を装いながら、潤んだ声で聞いてくる。
俺は彼女の細い腰に腕を回し、さらに強く自分の胸へと抱き込んだ。

「……食う。でも、もうちょっとこのまま……凪の匂い、嗅がせて」

「っ、湊……くすぐったいよ……」

「……今日はもう無理。充電切れ。……朝までこうしてていい?」

「……はいはい。今日は特別ね、甘えん坊さん」

「……うっせ」

悪態をつきながらも、俺は彼女のエプロンのお腹のあたりに顔を埋め、深く、深く息を吸い込んだ。

俺は今日、過去のすべてを置いてきた。

親父の期待も、社会的な地位も、守られていた名家の看板も。
けれど、その代わりに、俺はこの世界で一番温かい光を手に入れたのだ。

この小さなリビングと、俺の髪を撫でてくれるこの愛おしい人だけは。
どんなことがあっても、俺のすべてを懸けて、永遠に守り抜いてみせる。

彼女の微かな鼓動を耳元で聞きながら、俺は心の中で静かに、けれど強烈な誓いを立てた。

俺がただの一人の男として、鎧を脱ぎ捨てて呼吸ができる、この世界で唯一無二の場所。

こここそが、俺の帰るべき『聖域(Sanctuary)』だった。
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