アンコールはリビングで
「……湊?」

ギターを抱えた彼を見た瞬間、空気が一変した。

先ほどまで私にくっついて甘えていた『恋人の湊』の顔から、一瞬にして、数万人を魅了する『プロのアーティスト・早瀬湊』の顔へと切り替わったのだ。

その圧倒的なオーラに、私は思わず居住まいを正した。

「……言葉だけじゃ、足りねぇから」

湊が短く呟き、弦の上に長い指を置く。

静寂の中。

彼が指を弾いた瞬間、透き通るような美しいアルペジオの調べが、リビングの空気を震わせた。

テレビやイヤホン越しに何度も聴いたあのイントロが、今は生の振動として、空気を伝って直接私の肌に触れてくる。

そして、湊がゆっくりと息を吸い込み、私だけを真っ直ぐに見つめながら、その口を開いた。

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