アンコールはリビングで
世間やファンたちの間では、代名詞を一切排除したこの歌詞は、『夜の闇と音楽のビートに身を委ね、自分自身の境界線が溶けていく解放と恍惚感』を歌った、高尚で芸術的な楽曲として受け取られるだろう。

でも、私だけは知っている。

この曲が、外の世界で着込んでいる重たい鎧(理性)が、このリビングの体温と優しさに触れてドロドロに溶かされ、深く沈み込んでいく……という、彼からの究極の『甘え』と『熱』を歌った、超・個人的なラブソングだということを。

「……わぁ。やっぱり、すごくいい曲だね、湊」

イヤホン越しに響く彼の艶やかな声に包まれながら、私は小さく感嘆の息をついた。

「あの時……湊がレコーディングから帰ってきた夜に、このリビングで鼻歌交じりに歌ってくれた曲がこんなに色っぽくて、素敵な曲になったんだね」

私が湊の方を見上げると、彼も左耳にイヤホンをつけたまま、優しい琥珀色の瞳で私を見つめ返してくれた。

「……おう。あの時はまだ、オケも完全には出来上がってなかったからな」

湊は少しだけ照れくさそうに目を逸らすと、私の髪をそっと撫でた。

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