アンコールはリビングで
「あの夜も、一番最初に、サビを歌って聴かせてくれたよね」

じんわりと胸の奥が温かくなるのを感じながら、私は彼の肩にコテンと頭を乗せた。

「こうやって完成した曲を聴いてると……あの時の湊の歌声とか、私たちだけのリビングの空気とか……思い出しちゃった。」

「……凪」

湊の大きな手が私の肩を抱き寄せ、ポンポンと優しいリズムで叩く。

「ん。……まあ、俺の最高傑作だからな」

湊は少しだけ照れくさそうに鼻の頭を掻くと、ローテーブルの上に置いてあった、ノンアルコールのスパークリングワインが注がれた二つのグラスのうちの一つを手に取った。

先月、湊と行った藤棚温泉旅行。
旅行の初日に立ち寄ったワイナリーで、「仕事頑張った日とかの、二人での『ご褒美乾杯用』な」と言って、彼がカゴに入れた無添加の葡萄で作られた特別な一本だ。

私ももう一つのグラスを持ち上げ、彼のグラスにそっと合わせた。

カチン、と。
ささやかな、けれど私たちにとってはどんな豪華なパーティよりも意味のある、深夜の祝杯の音が鳴る。

「リリース、本当におめでとう」

「おう。……ありがとな、凪」

湊はグラスに口をつけると、そのまま私の肩に頭をコテンと乗せてきた。

「……やっぱ、自分の曲が世に出る瞬間を、こうやって凪の隣で迎えられるのが一番最高だわ」

「ふふ、ありがとう。……明日は朝からテレビにラジオに、大忙しだね。頑張ってね」

「あー……考えただけで気が重い。でもまぁ、凪が待っててくれるなら頑張るわ」

甘えた声で私の首筋にすりすりと顔を擦り付けてくる彼を、私はよしよしと優しく撫でた。

明日、この新曲が世界中に届き、彼がどれほどの熱狂の中心に立とうとも。

この深夜の静かなリビングでの時間だけは、私と彼だけの誰にも侵されない『聖域』だった。

< 664 / 796 >

この作品をシェア

pagetop