アンコールはリビングで
2. 離れる距離と、金曜の夜

湊を見送った後、私も急いで準備をして、いつものように満員電車に揺られて会社へと向かった。

窓の外を流れる景色を見ながら、今頃彼は空港に着いただろうか、それとももう保安検査場を抜けた頃だろうかと、つい彼のことばかり考えてしまう。

会社に到着し、始業前に自分のデスクでパソコンを立ち上げていると、バッグの中のスマホが短く震えた。

画面を見ると、湊から『今から飛行機乗る。着いたらまた連絡する』という短いメッセージが入っていた。

『気をつけてね! お仕事頑張ってきます』とスタンプ付きで返し、スマホを裏返してデスクの端に置く。

(……よし。寂しいのはひとまずおいておこう)

彼は今、日本中を熱狂させるための戦いに向かっているのだ。
私だって、自分にできる目の前の仕事に全力で向き合わなければ。

始業のチャイムが鳴ると同時に、私はきっちりとスイッチを仕事モードへと切り替えた。

パソコンの画面に複数の図面を展開し、新規クライアントから依頼された展示会ブースの動線設計と、壁紙や照明の素材選びに没頭する。
華やかに見える空間デザインも、内勤の企画部にとっては地道なデータ作成と調整の連続だ。

今日は帰っても、あの温かいリビングに彼はいない。
それならいっそ、来週の分まで少し残業してでも仕事を進めてしまおう。

脇目も振らずに一心不乱にデスクワークをこなし、気づけば外はすっかり暗くなっていた。

「水沢さん、今日はずいぶん遅くまで残ってたね。お疲れ様!」

「お疲れ様です! キリのいいところまで終わらせちゃいたくて」

同僚に挨拶をしてオフィスを出る。
夜風が少しだけ肌寒く感じたのは、きっと、帰る部屋に彼がいないせいだ。

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