アンコールはリビングで
「……いってらっしゃい、湊」

私が嬉しさを噛み締めながら小声で言うと、湊は繋いだ手にさらにグッと力を込めた。

「……いってくる」

囁くような低い声。
扉が開くと、彼はスッと手を離し、一度も振り返ることなく、堂々とした足取りでエントランスを抜けていった。

外で待つ島崎さんの車に吸い込まれていく彼の背中を、私はエントランスの陰から静かに見送った。

一度も振り返らないのは、私を守るための彼なりの優しさだ。

でも、私の右手には、さっきまで彼が強く握りしめてくれていた確かな熱が残っている。

大切な記念日の朝に彼がこっそりと伝えてくれた愛おしい体温を、私は自分自身の両手で大切に包み込んだ。

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