アンコールはリビングで
「……うん。湊も気をつけてね。打ち合わせ、頑張って」
私の言葉に、彼はふっと眉を下げて優しく笑うと、私の頬を包み込むようにそっと手を伸ばした。
そのまま顔を寄せ、唇が重なる。
いつもの「行ってきます」のキスにしては、少しだけ長く、甘い。
この週末の熱が、まだそこに残っているみたいだ。
「……ん。……おう。凪もな」
名残惜しそうに唇を離すと、彼は黒のキャップを目深に被り直した。
そして意を決したように重いドアを開け、廊下へと踏み出していく。
カチャリ、と鍵が閉まる音がして、彼が「早瀬湊」の世界へ戻っていったことを告げた。
彼はこれからエントランスへ降り、待機している島崎さんの車で戦場へ向かうのだ。
華やかで、クリエイティブで、選ばれた人間だけがいる世界へ。
一方の私は、パンプスのかかとを鳴らして、駅へと続くアスファルトを踏みしめる。
冷たい風が、唇に残った彼の温度を容赦なく奪っていく。
「……現実は世知辛いなぁ」
駅のホームは、週明けの憂鬱を背負った会社員たちで溢れかえっていた。
到着した電車に、駅員のアナウンスと共に身体をねじ込む。
四方八方から圧迫され、足が浮きそうになるのを必死で耐える。
この二日間、あんなにお姫様のような扱いを受け、愛されていた私が、今は満員電車の一粒として押し潰されている落差。
(……でも、頑張らなきゃね)
胸元のブラウスの下、肌に直接触れているネックレスの感触を確かめる。
冷たい金属の感触が、今は何よりも温かいお守りだ。
私は窓ガラスに映る自分の顔を無理やり「仕事モード」に切り替え、長い長い一日のスタートを切った。
私の言葉に、彼はふっと眉を下げて優しく笑うと、私の頬を包み込むようにそっと手を伸ばした。
そのまま顔を寄せ、唇が重なる。
いつもの「行ってきます」のキスにしては、少しだけ長く、甘い。
この週末の熱が、まだそこに残っているみたいだ。
「……ん。……おう。凪もな」
名残惜しそうに唇を離すと、彼は黒のキャップを目深に被り直した。
そして意を決したように重いドアを開け、廊下へと踏み出していく。
カチャリ、と鍵が閉まる音がして、彼が「早瀬湊」の世界へ戻っていったことを告げた。
彼はこれからエントランスへ降り、待機している島崎さんの車で戦場へ向かうのだ。
華やかで、クリエイティブで、選ばれた人間だけがいる世界へ。
一方の私は、パンプスのかかとを鳴らして、駅へと続くアスファルトを踏みしめる。
冷たい風が、唇に残った彼の温度を容赦なく奪っていく。
「……現実は世知辛いなぁ」
駅のホームは、週明けの憂鬱を背負った会社員たちで溢れかえっていた。
到着した電車に、駅員のアナウンスと共に身体をねじ込む。
四方八方から圧迫され、足が浮きそうになるのを必死で耐える。
この二日間、あんなにお姫様のような扱いを受け、愛されていた私が、今は満員電車の一粒として押し潰されている落差。
(……でも、頑張らなきゃね)
胸元のブラウスの下、肌に直接触れているネックレスの感触を確かめる。
冷たい金属の感触が、今は何よりも温かいお守りだ。
私は窓ガラスに映る自分の顔を無理やり「仕事モード」に切り替え、長い長い一日のスタートを切った。