アンコールはリビングで
2. 昼休みの通知

会社に着いてパソコンを開いた瞬間から、怒涛のような忙しさが襲ってきた。
週明けのメールチェック、承認待ちの書類の山、そしてタイミング悪く入る突発的なトラブル対応。

朝、家を出る時には「今日は早く帰って、たまには茶色くないオシャレな一品でも作ろうかな」なんて甘いことを考えていたけれど、現実は非情だ。

時計の針は正午を回っているが、私のデスク上の「山」は低くなるどころか、新たな案件で地層のように積み上がっている。

(……ダメだ、これ。定時なんて夢のまた夢だわ)

私は諦めのため息をつきながら、スマホを取り出して湊へのメッセージを打った。

冷蔵庫には、週末のうちに準備しておいたサラダと、作り置きのおかずがある。一緒に食べたかったけれど、それは難しそうだ。

『ごめん、終わらない……。今日は残業確定だわ😭』
『晩ごはん、冷蔵庫にサラダと作り置きがあるから、先に食べててね』

送信ボタンを押すと、申し訳なさで胸がチクリとする。
あんなに幸せで、魔法にかかったみたいだった週末の、すぐ翌日なのに。

でも、これが働く大人のリアルだ。私は気持ちを切り替え、持参したお弁当箱を広げた。

中身は、茹でたブロッコリーに蒸し鶏、ゆで卵、そして食物繊維たっぷりのもち麦ご飯。
いわゆる「映えない」質実剛健な弁当だが、今の私の身体とメンタルを支える最強の燃料だ。

もぐもぐとよく噛んで味わっていると、スマホがブブッと震えた。

『おつかれ。謝んなよ、仕事なんだから』
『晩メシありがとな。無理すんなよ』
『🐈(サングラスをかけた猫がサムズアップしているシュールなスタンプ)』

画面に並ぶ、彼らしい飾らない言葉と、少し気の抜けたスタンプ。

「待ってる」と重荷を背負わせることもなく、でも突き放すわけでもない。
その短いメッセージだけで、彼がどんな顔でこれを打ったのかが手に取るように分かる。

午後の重たい空気が、少しだけ軽くなる気がした。

「……よし。午後も頑張ろ」

私はお茶を飲み干し、気合を入れ直して、再び書類の山という戦場へ向かった。

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