アンコールはリビングで
「……湊?」

さっきまでテキパキと片付けていたはずの彼の手が止まっている。

横顔を覗き込むと、彼は流しっぱなしの水と自分の手元あたりをじっと見つめたまま、恐ろしいほどの集中力で別の世界へと思考を飛ばしていた。

その表情は、リビングで見せる彼の顔ではない。

間違いなく、表舞台に立つ『早瀬湊』の、音楽と向き合う時の真剣な顔だ。

(あ……今、湊、ゾーンに入っちゃってる。外の世界の音が聞こえてない時の顔だ……)

すぐ隣にいるのに、彼だけが違う次元にいるような錯覚。

普段は絶対に見せないその顔に、私は少しだけ背筋がゾクッとするのを感じた。

水音だけが響くキッチンで、彼は頭の中で何かを再構築しているようだった。

東京ドームでのライブへ向けて、新たな気づきがあったのか、閃いたように小さく言葉を呟く。

「……なるほど。あのフレーズの前に、ベースの入りを半拍……」

そして、ばっと顔を上げたかと思うと、一転して晴れやかな顔になり、何事もなかったかのように鼻歌を歌いながら皿洗いに戻ったのだ。

そんな一連の湊を見ていて、私は胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。

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