アンコールはリビングで
「……名字、変わっちゃった。沢木理紗だって。自分で書いといて、まだ全然ピンと来ない」

「そっか……理紗、沢木になるんだ。名前で聞くと、急に本当のことになった感じがするね。……ねえ、社内では旧姓のまま?」

「うん。だって、課の朝礼で『沢木』が二人になったら地獄でしょ。呼ばれるたびに二人で振り返るんだよ、想像しただけで無理」

そう言って吹き出した彼女の左手の薬指には、細いプラチナの輪が、控えめに光っていた。

十年。
彼女がその指輪にたどり着くまでにかかった時間を思うと、なんだか胸の奥が静かに震えた。

「じゃ、私戻るね。今夜、涼く……じゃなくて、あの人が赤飯炊いて待ってるらしくて。もう、ほんと、お母さんみたいでしょ」

理紗はそこで一度言葉を切って、ふっと笑った。それから、半分独り言みたいに続ける。

「……でも、そこがたまんないんだよね」

「……のろけ?」

「のろけ!」

理紗はぺろっと舌を出して、ヒールを鳴らして給湯室を出ていく。

私は一人残されて、洗い終わったマグカップを持ったまま、しばらくその場に立っていた。

嬉しい。
嬉しいのに、胸の底のほうで、昨日から居座り続けているあの小さな問いが、また静かに顔を出す。

(……私と湊は、これからどうなるんだろう)

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