距離ゼロ男子と変装女子
「この子、すげー歌上手いんだよね」
つまらない歴史の授業を終えたばかりの教室。
スマホのスピーカーから微かに聞こえてくる女の子の歌声——
私は大きなあくびを中断し、無意識に息を止めた。
隣の席の彼は、まるで自分のことのように誇らしげに動画を友達に見せている。
「穂積、お前また見に行ったの?ストーカーじゃん」
「おい、やめろやめろ。推し活って言え。それに、駅の近くだからちょうど通るんだよ。たまたま」
「にしても、なあ?」
穂積くんは次々に肩をつつかれる。
私は窓の外を眺めるフリをしながら、そのやり取りを盗み見た。
彼は気に食わなさそうな顔をしてスマホをポケットにしまうと、最後に肩に触れた友達の首に腕を回しながら席を立った。
私はその後ろ姿を見届け、視線を手元のスマホに戻す。
ホーム画面にはギターの写真。
——その動画の女の子、私です。