距離ゼロ男子と変装女子
路上ライブをするようになって数ヶ月。
たまに警察が来るから歌うのは1曲、2曲。
終わったらすぐに帰る。
ピンクのウィッグと帽子、それから伊達メガネ。
——これで誰にもバレないはずだった。
まさか——
隣の席の男子に。
はあ、と深いため息が漏れると同時に予鈴が鳴り、ガタガタと皆が自分の席に座りはじめた。
「熊川さん、駅の近くの弾き語り…知ってる?」
席に戻ってきた穂積くんが、唐突に言った。
「え?!」
思ったより大きな声が出る。
咄嗟に口元を両手で押さえた。
穂積くんが眉毛を上げ、少し笑った。
「あ…いや?知らない、かな」
今度は声が小さくなる。
喋り声でバレる訳ないのに。
「そっかぁ。俺だけか、知ってんの」
残念そうな言葉。
でも、どこか嬉しそうに聞こえた。
私は、少し身を乗り出し、更に小さな声で聞いてみる。
「…どんな感じなの?」
穂積くんは一瞬だけ視線を宙に泳がせて、机に肘をついた。
「うーん……すげぇ変装してる」
そう言って、ハハッと思い出すように笑った。
「変装…」
「うん。まぁでも——」
教室の角で、カーテンがふわりと舞った。
「そんな見た目はどうでもよくてさ」
穂積くんが、まっすぐ私を見る。
「どうでもよくなるくらい、届いてるよ」
私は思わず、息を呑んだ。
——え?
心臓が、変なリズムを刻む。
「…って。熊川さんに言ってもしょうがない?」
そう言って、穂積くんは小さく首を傾けた。
まだ、心臓の音が響いてる。
「な、なんで、私に聞くの」
こぼれるような私の言葉に、彼は「なんでだろうね」と笑ってみせた。