08 ーHACHIー ~俺の彼女と私の彼~
EP94 宣言
――三日後。
カイドウ家本邸で行われた当主会議。
ユイはある花の実についての調査結果を発表する。
世界中に咲くスズランは、各リージョンで品種が異なる。
その中でリージョンRのスズランは、一番香りがよく小ぶりの白い花を咲かせる。
それだけではない。
リージョンRのJ市に咲くスズランの実は、プラス因子にのみ反応する猛毒。
誰も触れようとしないオレンジ色の実は、ユイにとっては“希望”だった。
更にユイは自分の因子を再検査し、その結果を提示した。
スズランの調査結果を見てざわつく声は、この時からもうなかった。
ユイの右手に現れたミシルシを見た穏健派の医師の誰かが呟いた。
「それはミシルシ……まさか女王の……?」
カザム教では守護者を導く存在を“女王”と呼ぶ。
女王の因子は、“因子を環境に適応させることが出来る”未知の因子だ。
ユイの右手にミシルシが現れるようになってから、ユイは因子の検査を受けた。
すると以前とは異なる変化があったのだ。
ユイの因子は、「マイナス因子」が“中性の保護膜”によって護られた状態だった。
しかしこの世界アゼリアでは「プラス因子」が働く。
護られているとはいえ「マイナス因子」は減り続ける。
そこで“中性の保護膜”は形を変え続け、「マイナス因子」を保つ。
そんな衝撃の結果だ。
「では、このスズランの実から摘出した猛毒に、私の血液を含ませてみます」
誰もがこの検証に息をのんだ。
無色透明な猛毒液にユイの血液が数滴入る。
すると液は黒く変色したものの、時間を置くと無色透明に戻っていく。
それはまるで皆既月食のようだった。
「この混合液の因子を調べたものがこちらです」
「なんということだ。中性の因子を作り出したというのか?」
ユイが提示していく数々のデータに、誰もが息をのむ。
「これを球骨腫を発症したラットに投与しました。投与前と投与後のデータです」
「プラス因子の暴走が止まっている……だと!?」
驚愕を隠さない声が空間に広がる。
それでもユイは続けた。
「この新薬の副作用はたった一つだけです」
ユイの落ち着いた声が、場の声を沈めた。
言葉を飲み込む音さえ聞こえる。
「それは、髪と目の色を変えることが出来ない可能性があるということです」
最後にユイは遺伝子的、因子的の両側面からみた人体の影響値を提示した。
結果、この新薬は“人体への影響は限りなく低い”と判明する。
一同は惜しみない拍手をユイに贈った。
「カイドウ家の当主として、球骨腫を克服する新薬の開発を推し進めます。なおこの新薬にはリージョンRのJ市産のスズランが必須です。至急手配してください」
女王の宣言にリージョンMの医師たちは、涙を流した。
今まで救いたくとも救えなかった命がどれほどあったことだろう。
これでやっと救う目途が立った。
その涙に、ユイも目頭が熱くなった。
「また、このスズランの情報提供者はミカゲ・カイ・マガミです。彼の全面協力の元、信仰する宗教・派閥に関係なく、この新薬の投与を希望する全ての患者に無料で提供とします」
それは。
事実上、医療と思想の境界線を無くした宣言だった。
―*―
ユイがこの宣言を行ったのと同時刻。
ミカゲ・カイ・マガミはリージョンRのあるホールで宗教戦争の調停を行う。
「私、ミカゲ・カイ・マガミは、カザム教の宰導として、また”世界の守護者”の代弁者として、今後カザム教はいかなる宗教も派閥も対等に扱い、その存在を許容することを宣言する」
と告げる。
双方の代表者がそんなミカゲに問いかけた。
「なぜ貴方はこの決断をするのですか?」と。
「私も“愛”を知ったから」
ミカゲは静かに答えた。
その言葉に異議を唱える者はこの場にはもう居なかった。
―*―
ミカゲとの婚姻式を間近に控えたある日。
本人と家族の同意の元、ひとりの球骨腫の少女にこの新薬が投与された。
その後わずか三日後、死の淵にいた少女はこの病を乗り越えることが出来た。
“カイドウ家の女王の奇跡。医療と思想が起こした感動のドキュメント”
そんなタイトルで大きく報道された。
このニュースを、ユイの執務室でミカゲは端末を見つめながらこう言った。
「これが僕への対価ってこと?」
「そうよ」
ユイはミカゲに向かって微笑む。
その優しい微笑みは返って毒々しい。
しかしミカゲは飄々として受け止めた。
「無料で投与って……その資金は?」
「あなたの私財とMathewの代金で賄えるはずよ」
ユイは仕事をこなしながら、サラリと答えた。
「……やってくれたね。僕の女王が望むんだ、喜んで捧げようじゃないか」
「ありがとう。きっとユーリも喜ぶわ」
ユーリがミカゲを見つめて笑っている。
小さな両手を伸ばして、言葉にならない何かを声に出している。
ユイにはその声がミカゲを呼んでいるように聞こえた。
カイドウ家本邸で行われた当主会議。
ユイはある花の実についての調査結果を発表する。
世界中に咲くスズランは、各リージョンで品種が異なる。
その中でリージョンRのスズランは、一番香りがよく小ぶりの白い花を咲かせる。
それだけではない。
リージョンRのJ市に咲くスズランの実は、プラス因子にのみ反応する猛毒。
誰も触れようとしないオレンジ色の実は、ユイにとっては“希望”だった。
更にユイは自分の因子を再検査し、その結果を提示した。
スズランの調査結果を見てざわつく声は、この時からもうなかった。
ユイの右手に現れたミシルシを見た穏健派の医師の誰かが呟いた。
「それはミシルシ……まさか女王の……?」
カザム教では守護者を導く存在を“女王”と呼ぶ。
女王の因子は、“因子を環境に適応させることが出来る”未知の因子だ。
ユイの右手にミシルシが現れるようになってから、ユイは因子の検査を受けた。
すると以前とは異なる変化があったのだ。
ユイの因子は、「マイナス因子」が“中性の保護膜”によって護られた状態だった。
しかしこの世界アゼリアでは「プラス因子」が働く。
護られているとはいえ「マイナス因子」は減り続ける。
そこで“中性の保護膜”は形を変え続け、「マイナス因子」を保つ。
そんな衝撃の結果だ。
「では、このスズランの実から摘出した猛毒に、私の血液を含ませてみます」
誰もがこの検証に息をのんだ。
無色透明な猛毒液にユイの血液が数滴入る。
すると液は黒く変色したものの、時間を置くと無色透明に戻っていく。
それはまるで皆既月食のようだった。
「この混合液の因子を調べたものがこちらです」
「なんということだ。中性の因子を作り出したというのか?」
ユイが提示していく数々のデータに、誰もが息をのむ。
「これを球骨腫を発症したラットに投与しました。投与前と投与後のデータです」
「プラス因子の暴走が止まっている……だと!?」
驚愕を隠さない声が空間に広がる。
それでもユイは続けた。
「この新薬の副作用はたった一つだけです」
ユイの落ち着いた声が、場の声を沈めた。
言葉を飲み込む音さえ聞こえる。
「それは、髪と目の色を変えることが出来ない可能性があるということです」
最後にユイは遺伝子的、因子的の両側面からみた人体の影響値を提示した。
結果、この新薬は“人体への影響は限りなく低い”と判明する。
一同は惜しみない拍手をユイに贈った。
「カイドウ家の当主として、球骨腫を克服する新薬の開発を推し進めます。なおこの新薬にはリージョンRのJ市産のスズランが必須です。至急手配してください」
女王の宣言にリージョンMの医師たちは、涙を流した。
今まで救いたくとも救えなかった命がどれほどあったことだろう。
これでやっと救う目途が立った。
その涙に、ユイも目頭が熱くなった。
「また、このスズランの情報提供者はミカゲ・カイ・マガミです。彼の全面協力の元、信仰する宗教・派閥に関係なく、この新薬の投与を希望する全ての患者に無料で提供とします」
それは。
事実上、医療と思想の境界線を無くした宣言だった。
―*―
ユイがこの宣言を行ったのと同時刻。
ミカゲ・カイ・マガミはリージョンRのあるホールで宗教戦争の調停を行う。
「私、ミカゲ・カイ・マガミは、カザム教の宰導として、また”世界の守護者”の代弁者として、今後カザム教はいかなる宗教も派閥も対等に扱い、その存在を許容することを宣言する」
と告げる。
双方の代表者がそんなミカゲに問いかけた。
「なぜ貴方はこの決断をするのですか?」と。
「私も“愛”を知ったから」
ミカゲは静かに答えた。
その言葉に異議を唱える者はこの場にはもう居なかった。
―*―
ミカゲとの婚姻式を間近に控えたある日。
本人と家族の同意の元、ひとりの球骨腫の少女にこの新薬が投与された。
その後わずか三日後、死の淵にいた少女はこの病を乗り越えることが出来た。
“カイドウ家の女王の奇跡。医療と思想が起こした感動のドキュメント”
そんなタイトルで大きく報道された。
このニュースを、ユイの執務室でミカゲは端末を見つめながらこう言った。
「これが僕への対価ってこと?」
「そうよ」
ユイはミカゲに向かって微笑む。
その優しい微笑みは返って毒々しい。
しかしミカゲは飄々として受け止めた。
「無料で投与って……その資金は?」
「あなたの私財とMathewの代金で賄えるはずよ」
ユイは仕事をこなしながら、サラリと答えた。
「……やってくれたね。僕の女王が望むんだ、喜んで捧げようじゃないか」
「ありがとう。きっとユーリも喜ぶわ」
ユーリがミカゲを見つめて笑っている。
小さな両手を伸ばして、言葉にならない何かを声に出している。
ユイにはその声がミカゲを呼んでいるように聞こえた。