“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
期末テストも無事に終わり、張りつめていた気が一気にゆるんだ。
そのまま一気に冬休みへと入ったが、保健委員の仕事には抜かりはない。

机の上でスマートフォンが小さく震えた。
画面を覗くと、イブの日のデートコースの提案。
渋谷に出るか、八王子にするか、それともお台場まで行くか。

『保坂 愛:お台場は海風が強くて冬は寒そう!
      八王子はいつもの場所だから……渋谷にする?』
『託人:おっけー!
    渋谷のイルミネーションとか凄そうだよね。人も凄そうだけど!』

彼のメッセージには、今日もまたインクまみれのイカのスタンプ。
ゲーム好きな男の子らしくて、思わずふふっと笑ってしまう。
ちなみに海のスタンプとアイコンは、頭に花や芽が生えているゆるーいキャラ。
二人がゲームの話でよく盛り上がっていたことを思い出す。
陸上だけでなく、趣味の面でも――あの二人は、本当によく似ていた。


クリスマスイブ当日。
京王線の車内で二人並んで席に座った。
始発からの乗車なので、座ることは難しくなかったが席はすぐに埋まってしまった。
途中の駅で荷物を抱えた年配の女性が乗ってくると、託人はすぐに立ち上がり、席を譲る。
彼にとって、この行動は“良いこと”ではなくて“当たり前のこと”なんだと気がついたとき、託人のことがかっこよく見えた。
席を立った託人に合わせて、まなも立ち上がって隣のつり革に掴まった。
「まなちゃんは座っていて良かったのに」
託人の言葉に、まなは首を横に振る。
「せっかくなら、託人くんと同じ目線で近くに居たいから」
まなの言葉に、「ありがとう」と屈託のない笑顔で笑った。
頬に浮かぶえくぼが彼を少年に見せる。
そんな託人の笑顔を見るのが好きだった。

やがて、電車は渋谷へと到着した。

「青山の方とか行ってみる?
 並ぶかもしれないけどオシャレなカフェとかも多いみたいだよ」
スマートフォンで検索した結果を見せてくれる託人に寄り添うようにして画面を覗き込んでいると、近くを一組の男女が通った。

――忘れることなんてない、濃茶の、相変わらず癖のないサラサラの髪。
彼の隣に、寄り添うようにして歩いているのは明るい髪色の女の子。
髪の毛は丁寧に巻かれていて、冬で寒いというのにミニスカートにブーツ姿でオシャレを頑張りたい大学生の姿に見えた。
両耳の銀のピアスが陽を反射して揺れる。

託人は、黙って彼女の視線の先を見つめ、そして静かに目を伏せた。
まなは託人のそんな様子にも気付けないくらい、二人に釘付けだった。

やがて、陸がハチ公の近くで立ち止まると、あろう事か女の子が陸の首に腕を回した。

まなが見られたのはそこまでだった。
視線を逸らした瞬間、心臓がぎゅっと掴まれたように痛かった。



スマートフォンを一緒に覗き込んでいたはずのまなの目線が、すぐに違うところを見始めたのに気がついた。
視線をたどった先には、かつての保健委員長……まなの元カレの姿。
彼は明らかに嫌がっている様子なのに、女の方は負けじと纏わり付いている。

(まぁ、あの人ははっきり断るの、苦手だろうからなぁ……)

そして女の子は賭けに出る。

キスをねだられて、真っ青になって拒否して飛び退く姿はあんまりにもあんまりだが、多少同情はする。
怒った女の子が陸に鞄を軽くぶつけて、走って駅の方へと消えていった。
まなは、どう思っただろうかと視線を落とすと、陸に負けないくらい真っ青な顔をして唇が震えていた。

(……せっかくのデートに、こんな顔をさせたくなかったんだけどな)

さっとスマートフォンに指を走らせると、そのままポケットへと入れる。
まなの手を手袋越しに優しく握った。

「まなちゃん……?」
敢えて、気がつかなかったふりをした。
まなは安心したように託人に寄り添うと、彼を引っ張るようにして青山の方へと歩き出した。

託人のポケットの中で、スマートフォンが短く震えた。
快諾を意味する返信に安心して、そっと息を吐いた。




青山のカフェで、オシャレなラテアートとタルトが席に運ばれてくる頃には、すっかりまなはいつもの調子を取り戻していた。
カフェを出て、アクセサリーや洋服を見ながら歩いていると、あっという間に表参道の方までたどり着く。
陽が落ちて来ることで、よりロマンティックに街路樹のイルミネーションがキラキラと輝き、街の明かりと調和した。

吐く息が白い。

邪魔にならない場所で立ち止まると、二人で街を見上げる。
ブランドショップの建ち並ぶこの通りは、二人を大人に見せた。

「まなちゃん」

託人の手が、まなの両肩へと置かれた。
ゆっくりと近づいてくる彼の顔に、陸の姿が重なった。

びくりと、強く肩が揺れた。
それだけで、全てを理解したような表情で、託人がそっと肩から手を下ろした。

彼はいつもの優しい笑顔を浮かべて、同じく柔らかな声で「まなちゃん」と呼んだ。
その声が、あまりにも変わらないことに、まなは泣きそうになる。

「……今、思い浮かべた人がまなちゃんにとっての“答え”なんだよ」
まなは託人をじっと見つめる。
涙の気配は一つも無かった。
「答え……って……」
「キスの相手、オレじゃないって思ったでしょ。
 そういうの、大事にした方がいい。
 まなちゃんが心から求めている人に、ちゃんと向き合おう。
 ……浅瀬先輩のこと、まだ好きだよね?」
託人が陸の名前を出したとき、とうとう耐えきれなくなって下を向いてしまう。
頭をよぎるのは、先ほどの彼女とデートする陸の姿。
今更、好きと言ってももう遅い。
彼の言葉を聞かなかったのも、拒否をしたのも、全ては自分だ。

託人が電話を掛ける。
「もしもし、オレオレ。
 ほら、今度は君の番だよ」

通話を切ると、改めてまなと向き合う。

「今、連れを呼んだから。
 クリスマスイブに、一人になんてしないよ。
 まなちゃんはとりあえず、表参道ヒルズで待っていて。
 ……今まで付き合ってくれてありがとう。
 本気で大好きだったよ。楽しかった」
託人の言葉に、弾かれたように彼の顔を見上げた。
託人は笑っていた。
まなも、深呼吸をしてからしっかりと彼に向き合った。
「……こちらこそ、ありがとう。
 託人くんのお陰で、私はたくさん笑えたよ。
 きっとこの先、託人くんに愛される人は幸せだと思う」
まなの言葉に初めて一瞬だけ託人の顔が歪み、そしてまた弱々しいが笑顔へと戻った。

イルミネーションは先ほどと同じく光の粒をまき散らす。
聞こえてくるクリスマスソングは、心が踊るようなウキウキとさせるテンポで行き交う人を迎えている。
なのに、どこかその世界から、二人で取り残されてしまったような気分だった。

「また……トイレ委員でね」
託人が片手を上げる。
「もう!
私たちだけは、保健委員だということを忘れたらだめだよ!」
まなが反射的に言うと、今度こそ心から託人が笑った。

そうして託人はまなを残して、恋人たちの行き交う雑踏の中、原宿駅の方へと歩いて行った。

表参道ヒルズの中で、お手洗いに向かった。
お手洗いは清潔でキラキラしていて、やや混んではいたけれど十分に落ち着ける空間演出がされていた。
思わずそんなことをチェックしている自分がおかしくて、いつだったか陸と笑い合った日を思い出して目尻に涙が浮かんできた。

スマートフォンが震えたのはそのすぐ後。
一瞬画面に映った“浅瀬”の名字に心が跳ねたけれど、掛けてきたのは海だった。

「びっくりした……まさか、そんなすぐ託人くんの言う“連れ”が来るなんて思わなかったから……」
電話を受けて、少し場所を伝えたらすぐ後ろに海が立っていた。
その行動の早さにもう少しで悲鳴が出るくらい驚いた。
「でっしょ~! 吉田から連絡来てたから、近くうろうろしてた!
 困ったときは俺を呼べ、これ鉄則ね!
 というわけでまなちゃん、今夜空いたお隣は俺がしっかり埋めさせて頂きます」
調子の良い海の言い方に、まなは自分が自然と笑っていることに気がついた。
ついさっき、彼氏と別れたばかりなのに、もう別の男と並んで歩いて笑っているなんて。

「まな」

呼ばれた声に振り向くと、頬に彼の手袋ごしの指の感触。
「え……、な、何!?」
「笑っとけよ。
 クリスマスの日に笑っていたって誰も怒んないから!
 ほら、どっかファミレスでも入ってメシ食おうぜ。
 クリスマスケーキもあるかなー?」
うっきうっきとした様子で、鼻歌を歌いながら歩き出す。
そのテンポについて行けずに少し戸惑うと、ほらっと手が差し出された。
手をそっと重ねるとそのままぎゅっと握り込まれた。
手袋ごと、繋いだ手がどこか楽しげに揺らされる。

少しの戸惑いはあったが、それを全て吹き飛ばすような海の明るい調子に、まなも今は深く考えるのを辞めて、負けじと繋いだ手に力を込めた。


ファミレスで席に案内される。
オーダーを素早く通すと、ドリンクバーで温かい飲み物を海が用意してきてくれた。
それを両手で包んで飲みながら、ポツリとまなは今日の出来事を話しはじめた。

海は、茶々を入れることもなく、静かに最後まで話を聞いてくれた。
話し終わると、ぽんぽんと頭を軽く撫でてくれる。
その撫で方がやさしくて、強ばっていた心が緩んでいった。

「吉田、いいやつだろ?
 きっとあいつなら女が放っておかないから、大学とか入ったらすぐに彼女できるよ」
その言葉にまなが頷き、そうだといいなと弱々しい笑みを浮かべた。

「兄ちゃんは、モテないわけじゃないんだけど……」
陸の話題に移った途端に、まなが顔色を悪くして目線を逸らす。
「……兄ちゃんが人混みの中で平気でキスとか、絶対信じられねぇ。
例えまなが相手だとしても無理だぜあの人」
きっぱりと言い切る海に、でも……とまなは、して貰えなかった一年前を思い出して凹む。
「……違うよ。私だから出来ないんだよ」
「……まな、今自分に魅力がないからって思ってる?」
海の言葉に、心の中を見透かされた気持ちになってどきりとする。
「それだけはないからね?
 ……もし、今まなが許すんだったら、この場で俺はキスできる。
 それくらい、まなは魅力的だよ」
まなの顔をまっすぐに見て言われた言葉の破壊力は大きかった。
まなが、照れ隠しで視線をマグカップへと落とす。
湯気がゆらゆらと揺れ、コップの中の琥珀色の水面が波紋を作った。

「俺は、まなが好きだから。
 なおちゃんでもゆめちゃんでもなく、まながいい。
 それは、兄ちゃんも吉田も変わらないよ」
飾らない言葉はその分ストレートに胸を刺す。
下を向いて目の前に滑り落ちてきたサイドの髪の毛を耳に掛けながら、まなはちょっと照れた表情でお礼を告げた。

海と一緒に食べたハンバーグとクリスマスケーキは、いつもより美味しかった。
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