“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
「お父さんお母さん、しばらく旅行に行ってくる」
朝起きてきたら、スーツケース片手に宣言した娘の姿に両親は目を剥く。

「は?
 旅行って……どこに?」

「北海道」

きっぱりと言い切るまなの様子に、こたつに入っていたなおが這い出てくる。
「いいなぁー。
 カニ!カニ買ってきて!」
ゆめが本から視線を上げ、「生チョコよろしく」と告げた。
母は、じっとまなの顔を見つめる。
「あんたももう成人した大人なんだし……今更親がどうこう言うことではないわね」とため息を一つ吐き出した。
「……とりあえず、誰と行くのかだけ聞いてもいい?」
母の言葉に、父もごくりと喉を鳴らす。

「……海」

その名前を伝えた途端、ぱあっと両親の顔が明るくなった。
「海くん! なら心配いらないわね!」
「うんうん、海くんならむしろここでしっかりと……」
とんでもないことを言い出しそうな父を母が軽く肘で突く。
「まな、私たちは何も言いません。
 お土産は毛ガニがいいです」
家族全員カニ好きすぎる。
というか、海の信頼が凄すぎて若干引いてしまうが、ここで止められなかったのは幸いだ。
鞄の中のネコのぬいぐるみを見つめる。
首に巻かれた鉢巻ごと、今回の旅のお供に選んだ。

(ネコちゃん……弱気になりそうな私に、勇気をわけてね)


相模原駅の改札前で海が手を振る。
彼の手にも大きめのスーツケースが握られている。
まなは改札を抜けるとすぐに海の元へと駆け寄った。

「おはよー!
 まな、昨夜はちゃんと眠れた?」
まなは静かに首を振りながら、海へと笑いかけた。
「海……本当に一緒に行ってくれるの?」
「おう、まなとなら、例え地獄でも一緒に行くよ?」
なんてことないように言う彼に、まなは苦笑いしつつもありがとうと伝える。
そのままホームへ行き、東神奈川行きの電車へと二人で乗り込んだ。
車内も空いていて、二人並んで座席に座った。
「……陸くんに迷惑かからないかな」
海がその言葉に、まさか、と笑う。
「迷惑どころか、全力で喜ぶと思うよ?
 あの兄ちゃんが崩れるところが見られると思うと、ちょっとわくわくする」
そのいたずらっ子のような表情が、まなを少し落ち着かせた。
今まで何度も海に助けられてきたけれど、今日が一番ありがたい。
陸に気持ちを伝えると決めたときから、ガチガチに緊張してしまうだろうと思っていたのに、実際は海のお陰で少し気持ちに余裕が出てきた。

高校の時も、年末も。
いつだって、陸はまなにまっすぐに向き合ってくれた。

今度は自分の番。

陸が受け入れてくれなくてもいい。
上手くいったとしても遠距離恋愛。
会いたいときに会える距離ではない。

本当は、すごく怖い。
けれども、動かないと言う選択肢はまなの中から消えていた。

もう、この五年間のような思いをするのは嫌だ。
ぎゅっと手を握って気合いを入れた。
海がその様子を見て、静かに微笑む。

「大丈夫、俺がいる。
 何があっても、まなが笑って楽しかったって帰ってこられるような旅になるよ」
海が言うと、本当にそうなる気がしてきて不思議。
「ありがとう、海」
まなが笑うと、海も嬉しそうに笑った。


スムーズに遅延もなく電車は羽田空港のターミナルへと到着する。
海のお陰でずいぶんと余裕を持って到着することが出来た。

「時間あるし、荷物の預け入れ終わったら、ゆっくりとお茶でも飲んで“貴公子”サマの到着を待とうぜ?」
海の軽口は絶好調。

そうこうしているうちに、正午を過ぎたころに予想通りに陸の姿を発見した。
まっすぐに手荷物を預け入れ、そして検査場の近く……つまりこちらへと歩いてくる。

「頑張れ、まななら大丈夫。
 兄ちゃんのこと、よろしく」
海の声が、やさしい。
ぽん、と海が励ますように背中を押した。

陸の進路をふさぐように、ゆっくりとまなが歩み出る。
彼の目がまなの姿を捉えたとき、大きく目が見開かれた。

「……まな?」
信じられないというような表情で、陸が震える声でまなを呼ぶ。

「……陸くん」
まなは逃げ出しそうになる気持ちを叱咤しながら、彼に向き合う。

一生に一度。
もう二度と来ないチャンス。
勇気を使うなら今しかない。

じっと、彼の顔を見つめる。
制服姿ではなくなったけれど、変わらずに真面目さの滲む陸の姿。

「あの時の……返事をさせて下さい」
まなの言葉に、陸の喉が上下する。
「……ううん、違う、ね。
 私は、告白をしにきたの」
「告白……?」
不思議そうな陸に、にっこりと意識して笑って、まなは言った。

「陸くんが好きです。
 誰と付き合っても、この気持ちは消えなかった。
 私は……陸くんじゃないと、ダメみたい。
 もう一回、私と付き合ってくれませんか?」

震える右手を陸に向けて差し出す。
陸はその右手を掴むと、思い切り自分の方へと引き寄せた。
ほとんど抵抗もなく、陸の腕の中にまなが飛び込んでくる。

「まな……っ」
切羽詰まったような、陸の切実な声。
その声が耳をくすぐるだけで、涙が勝手に滲んできた。
ぎゅっと、抱きしめる力は今まで抱き合ってきたどの瞬間よりも強いのではないかと思うほど。
少し苦しいくらいのその抱擁が、彼の気持ちすべてを表わしているようで嬉しかった。

陸の顔が近づいてくる。
まさかのここで?と慌てたまなは少し目を逸らして戸惑う。

「ちょ、ちょっと陸くん……?」

「ごめん、まな。
 待てない」

陸の手が、軽く頬に当てられまなは上を向かされる。

そして、静かに唇が触れた。

その時間は、長かったようにも短かったようにも感じる。
もう一度抱きしめられたところで、左手で口元を覆っている海と目が合ってしまった。

びくっと固まってしまう。

あ、と思ったときには遅かった。
まなの視線を追いかけた陸が、弟の存在に気がつく。

一気に顔を真っ赤にして、ふるふると震えながら、陸がくずおれた。

「……マジかよ。
 やるじゃん兄ちゃん」
見つかったからには堂々と出てくる海。
陸は立ち上がることもしゃべることもできずにただただ真っ赤になって座り込む。
「良かったな、まな。
 俺、まなが幸せで兄ちゃんも幸せなのが、一番嬉しい」
ニカっと笑う海の姿に、緩み掛けていた涙腺は完全に崩壊した。

ようやく二人が落ち着いてきた頃。
陸は保安検査場の方を見て、思い出したように一瞬反応し、でもまなと離れがたくてその場に留まろうとした。

「行こうぜ、兄ちゃん。
 まなも」
海がスマートフォン片手に、二人を誘う。
「え?」
陸が不思議そうに二人を見つめた。
「……陸くんに告白すると決めたときから、一緒に北海道に行こうと思っていたの。
 チケットも同じ便を二人で取って……。
……一緒に行ったら……だめ、かな?」
控えめに言うまなの言葉に、陸は迷わず彼女の手を握り、引いた。
「ダメじゃない。
 ……嬉しい、やばい……嬉しすぎてどうにかなりそう」

搭乗口の傍に向かう途中で、搭乗便についてのアナウンスがあった。
便の席に空きがあるから、少額の手出しで席をアップグレード出来るというもの。

それを聞いた瞬間、陸が迷わず係員へと歩き出す。
「すみません、そのアップグレードで、席を隣同士で取ることってできますか?」
少しの確認のあと、すぐに並び席の用意がされる。
ちゃんと海の分まで、近く三人が座れるように。

手出しは彼が全て支払ってくれた。
まながお金を出そうとすると、すぐに断られてしまう。
勝手に俺が決めたから、と陸はいうが、まなだって隣同士が嬉しい。
お礼を伝えた後は、陸へとそっと寄り添った。
五年ぶりの彼女面は、どこか落ち着かないけれどとても幸せだった。
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