“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした――忘れたふりをしていた恋の、その続き
地下鉄から札幌駅に出て、それからそこそこの時間電車に揺られてたどり着いたのは小樽だった。
札幌近辺と違い、歩道にもしっかりと雪が積もっていて歩く度に真っ白な雪の絨毯に足跡というには深い穴が増えていく。
真っ白い息を吐き出して、マフラーを上へと引き上げながら改めて前方を確認する。

小樽の、レトロで異国情緒溢れる町並みが、そこにあった。

まなが思わず息を飲む。
名前がよくあがる有名なお店が建ち並んでいる交差点に来ると、足が勝手にそちらへと引き寄せられていく。
大きな通りは、歩道も歩きやすくなっていて、ようやく二人は手を繋いだ。

お店の中に入ると、光と音の洪水だった。
ランプの灯りがオルゴールをやさしく照らし、その光が幻想的に輝いている。
あちらこちらから聞こえてくるオルゴールの音が、違う曲を奏でているのに、どこか一つの音楽のようで、圧倒される。
まなが頬を上気させながら陸を見つめる。
言葉はないけれど、目がそれ以上に感動を物語っている。
陸は微笑んで頷くと、彼女の気が済むまでオルゴールを眺めた。
「陸くん! 最近の曲もオルゴールにありますよ!」
気になるものを見つける度に引っ張って、を繰り返してしまっていたが、彼はちっとも嫌がるそぶりを見せなかった。
まなと一緒にオルゴールを一つずつ覗き込む。
「まなは、どういうのが好き?」
陸が尋ねると、迷って、最初の方に見ていたツリー型の硝子細工を指さした。
「私なら。あのツリーがかわいいかな?
 上に月が載っているのがかわいくて!」
「なら、それをまなにプレゼントさせて欲しい」
「え……! いいよ!
 私なんかにお金使わなくていいんだからね?」
まなが慌てて両手を振って断ろうとする。
「プレゼントしたい俺のわがままだよ。
 まなが受け取ってくれたら、俺は満足」
そう言われると、断ることにも罪悪感が沸く。
もちろん、まなが罪悪感を抱かないように言ってくれていることだとはわかっているので、これ以上遠慮する方が却って失礼だと思い、ありがとう、と静かに返した。
陸がその言葉に、嬉しそうに笑う。
レジで、家族用のお土産とまなへのプレゼントを包んで貰う。
丁寧に緩衝材の巻かれたオルゴールの入った包みを、宝物のように大事に抱きかかえた。
陸は、そんなまなの様子を、目を細めて眩しそうに見ていた。

次は硝子店へと入る。
陸はそこで運命の出会いを果たしていた。
彼が手を伸ばした醤油差しは、紫色から透明に掛けてのグラデーションを描き、そしてネコのシルエットが彫刻されている。

(陸くん、相変わらずネコ大好きだなぁ)

変わらない彼の好みがなんだか嬉しい。
それから、更に同じシリーズのペアグラスも買うらしい。
丸っこいデザインがかわいい。
「……まなと、一緒に使いたいなって思って」
言いながら、彼の顔がどんどん赤くなっていく。
そんな陸をみて、まなも鏡写しのように赤くなった。


買い物を終えて、二人で店を出ると、また少し雪がちらついてきた。
近くの喫茶店へと入り、二階でお茶とお菓子を頂く。
やっと座れたことに少し気が緩んで、まなの笑顔も柔らかく優しいものになる。
ゆっくりとコーヒーを頂いた後、陸が少し、指先をそわそわと動かしている事に気がついた。
どうしたんだろう、と見つめていると、真剣な表情で、この後のことについて聞かれた。
行きたい場所は今までのお買い物で満足だったので、特に希望はなく、陸の行きたいところでと答えた。
彼は、小さな声で、運河の方に行ってみようと思っているけど、どうかなと尋ねる。
運河に何があるんだろうと思いながらも、まなは小さく頷いた。


小樽の運河沿いまで手を繋いで歩いてきて、二人は早々に後悔した。
ロマンティックなのに、全部かき消すほど寒い。
「ごめん、まな……これは、無理っ!」
頷き合って建物の陰へ避難する。耳が痛いほどの風に、まなはマフラーを引き上げ損ねて、手で塞いだ。
同じ仕草の陸を見て、思わず笑ってしまう。
「ふふ……っ。寒さ舐めてた!」
結局、防寒具を買い足すことにした。お揃いのもふもふのイヤーマフが特にお気に入りで、恥ずかしそうにつける陸が“北海道限定”に見えた。
海の分も色違いで買って、今度はまなが支払う。
どちらかが寄りかかるような、そんな関係でなく。
しっかり地に足をつけて、彼と向き合っていけたらいいな、と思う。
さっきから、ほんの息が上ずっているような、心がここにあらずな陸の様子に疑問を抱きながら……。
今の彼なら、きちんと向き合って何を考えているのか話してくれると信じて待つことにした。

北海道の夜は早い。
気づけば運河は青い光に満ちて、揺らぐ水面が現実感を消していく。

言葉もなく見とれた。

隣に立つ陸の顔に、髪に、青い光の粒が降り注ぐ。
一緒にこの光景が見られて良かった。
一瞬だけ視線が絡み、微笑みあう。
とくん、と心臓が軽く跳ねる。
「――……っ」
陸は何かを飲み込み、手を引いて横道へ逸れる。
路地を出たすぐ先には人々が行き交う。
擬似的な二人きり。
立ち止まった瞬間、衝動みたいに抱きしめられた。
指先が震えているのは、寒さじゃない。
抱きしめられた腕の力は強く、簡単には振り解けなさそうで。

……ううん。
振り解く気など、最初から微塵もない。

この腕は、寒さから守るためだけじゃないと、もう分かってしまっていた。

――この日起きた出来事は、一生忘れられないものとなった。
< 18 / 27 >

この作品をシェア

pagetop